マルコヴィッチの穴

 そこに入ると誰もがジョン・マルコヴィッチになる穴が出てくる話だと聞いていたので、おもしろおかしいコメディ映画なのかなーと思って見てみたら、まっとうなコメディから微妙に外した話でおもしろいね。
 「俺がマルコヴィッチでマルコヴィッチが俺で」というこの映画のキモの部分が、コメディ一辺倒ではなく意外に真剣なドラマを呼び込んでいるところがおもしろい。女がマルコヴィッチになる感覚の混乱(トランスジェンダー)や、それによる夫婦崩壊の危機、他人の人生を文字通り乗っ取るという空恐ろしい話にまでつながっている。でも、それでこの映画が完全にシリアスになってしまうかというと、やっぱり「俺がマルコヴィッチでマルコヴィッチが俺で」というのがこの映画のキモであって、マルコヴィッチになるために穴を潜り抜けねばならず、その穴は異様に天井が低いフロアにあるからみんな中腰というおそろしく間抜けな絵面のせいで、どんなにシリアスな場面であってもシリアスになりきれない、むしろシリアスになればなるほど「マルコヴィッチになれる穴」というアホの極地のような仕掛けのせいでどんどん間抜けで台無しになっていくという構成の妙が楽しすぎる。「マルコヴィッチの穴」のせいで人生が狂わされていく人たちは、本人は必死なのに傍から見てればあほすぎる。
 変なものがいっぱい出てくる映画で、その場限りだと思っていた変なものがちゃんと話の進行につながってくるのでビックリしますね。すけべ社長の自宅にあったマルコヴィッチ・ルームとか、幼児期のトラウマを抱えたチンパンジーとか。油断ならねー。
 マルコヴィッチは気の毒すぎる。最初は落ち着いた名優(だれも出演作は知らないけど)として描写されているのに、「マルコヴィッチの穴」のせいで生活を覗かれるわ、操られるわ、全員がマルコヴィッチ顔のマルコヴィッチ・ワールドに落とされるわ、完全に乗っ取られるわ、変な創作ダンスを踊らされるわ、俳優を辞めさせられて人形使いに転職させられるわ、深層心理や幼児期のトラウマの中でおっかけっこをされるわ、やっと意識を取り戻したと思ったら、次の瞬間には老人御一行様に本格的に体を乗っ取られるわ。でも楽しそう。
 キャメロン・ディアスキャメロン・ディアスに見えないでマルコヴィッチ。