中村融編『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』 ハヤカワSF文庫

ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)
アーサー・C・クラーク スティーヴン・バクスター アダム=トロイ・カストロ ジェリイ・オルション アンディ・ダンカン ウィリアム・バートン ジェイムズ・ラヴグローヴ エリック・チョイ 中村融

早川書房 2010-07-30
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中村融の、派手さはないが上質な選球眼には定評がある。正直にいうと、一篇一篇にはそれほど魅力を感じないんだけど、「宇宙開発SF傑作選」とゆう括りにしてしまうと各々のポテンシャルを越えた驚きのおもしろさになるからおそろしいぜ。やはりアンソロジーは切り口次第だと言い切れる。
宇宙開発史って、歴史改変とビックリするぐらい相性がいいのでビックリするんじゃよねー。ジョアン・フォンクベルタ『スプートニク』でも思ったのだけれど、ビックリするような素っ頓狂な計画を湯水のような金で推し進めた現実があるから、今さらどんな無茶な架空の歴史だってドンと来いなんじゃぜ? アポロ計画とかマーキュリー計画とかにもっと詳しければ、さらに楽しめたのかなと思う。実施された計画(現実)と、破棄された計画(妄想)が混然一体となって、目指すのはどちらも同じ空の果ての果てだというところがすごく好き。フレデリック・ブラウン『天の光はすべて星』でいえば、星くずたちのたくさんの夢が、夢でなくなる物語ばかりでうれしい。


アンディ・ダンカン『主任設計者』 初っ端で、アメリカ側ではなくソ連側の宇宙開発話を持ってくるところがたまらんよねー(馬鹿はテキトーなことを言う) 架空の(てゆうか計画段階で破棄された)宇宙開発史も素晴らしいけれど、主任設計者のキャラクターがすごくいい。『王立宇宙軍』のグノォム博士を思い出したりした。


ウィリアム・バートン『サターン時代』 スペースシャトルじゃなくてサターンがずっと進化しつづけていったらどうなるんじゃろかーという話。宇宙計画の選定もそうだけれど、その時々の大統領選挙を絡めて、大衆が望んだ宇宙計画を作り上げているところがすごくいい。さまざまな大統領候補にアメリカのさまざまな未来を幻視するスティーヴ・エリクソン『リープ・イヤー』を思い出したりもした。


アーサー・C・クラークスティーヴン・バクスター『電送連続体』 瞬間物質転移装置と宇宙開発の話が同時進行かつ密接にからみあいつつ、なんか人間ドラマまでちゃんとあるからおそろしいぜ。あらすじだけ書くとすさまじくトンチキに思えるのは気のせいじゃろか。


ジェイムズ・ラヴグローヴ『月をぼくのポケットに』 よくあるちょっといい話なら、思いこめばその辺の石ころだって「月の石」になる。ただこれはSFなので、その辺の石ころをちゃんと「月の石」にしてしまうからすごくいい。


スティーヴン・バクスター『月その六』 すさまじく悲惨な状況が、すさまじく喜劇的に起きてしまうところがおもしろすぎる。並行世界ネタだからっていい気になりやがって、米ソの架空の宇宙計画どころか、ロイヤルエアフォース印の原子力ロケットまで繰り出してくるからおもしろすぎる。


エリック・チョイ『献身』 「献身」って題名にはちょっと違和感を覚えるのだけれど、危機的な状況で頼れるものは自分たち自身しかなく、ありものをすべて使って現状を打破するのは燃えるよねー。「あきらめない」というのは宇宙飛行士に一番必要な資質だと思う。


アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』 話自体もいいけれど、「アメリカ人がすごい勢いでアホになっている」「アラブ首長国連邦が月着陸をしたのは、アポロ計画の下品な遺物を綺麗に掃除するためだった」みたいな垣間見える設定が楽しすぎる。