プリーモ・レーヴィ『天使の蝶』 光文社古典新訳文庫

天使の蝶 (光文社古典新訳文庫)

天使の蝶 (光文社古典新訳文庫)

光文社古典新訳文庫は、イタリア文学がわりと好き放題やらかしてておもしろすぎる。ブッツァーティを文庫にしてるあたりからなんかおかしいとは思っていたけど、全然知らないロダーニもおもしろかったし、今回のレーヴィもよかった。

化学者という職業のせいか、アホすぎる幻想の物語が科学的な裏付けから始まっているところがおもしろすぎる。科学的な裏付けからとんでもない方向に飛んでいくけれど、SFというよりも幻想譚。イタロ・カルヴィーノで言ったら、『レ・コスミコミケ』や『柔かい月』のような科学的ホラ話なのかー? 語り口がまったく真面目なので余計におかしい。

ビテュニアの検閲制度』 検閲という馬鹿馬鹿しいが腹立たしい制度をもっともらしく突き詰めた結果、ニワトリにやらせてしまうからおそろしいぜ。ちゃんと検閲官の判子も押してあるの。

『記憶換起剤』 ある種の匂いが、なにかの想い出と密接に結び付いていることがあるけれど、そんな匂いを棚いっぱいに保管している老医師の姿が寂しい。

『詩歌作成機』 すごいセールスマン、シンプソン氏初登場。無茶な注文にも忠実に韻を踏みつつ詩作する機械が愛らしいが、故障する間際にもちゃんと韻を踏んで助けを求めているところが好き。

『天使の蝶』 ナチス政権下での悲惨な人体実験がほのめかされているけれど、物語は幻想に。幼形成熟するウーパールーパーを例に、人間も幼形成熟であり次の成熟した形態があるはずだという展開は素敵すぎる。

『猛成苔』 「自動車には特有の寄生生物が存在する」と始められると、へーそーなんだーとウッカリ騙されそうになるからおそろしいぜ。自動車に生える苔の話から、男車と女車、神経が発見されたとドンドンエスカレートするのになんとなく納得してしまうのは、自動車が最も愛玩動物に近い機械だからじゃろか。

『低コストの秩序』 すごいセールスマン、シンプソン氏再登場。なんでも複製を作れる「ミメーシン」を巡る語り手とのやりとりは、道具を巡るドラえもんのび太のみたい。悪ノリする語り手に対して、シンプソン氏が意外に良識があるところが好き。

『人間の友』 寄生生物サナダムシの体表にあらわれた文字を読みとくと、宿主である人間への深い愛を唄った詩だったって、スタニスワフ・レム『完全な真空』に収録されててもおかしくない。

『ミメーシンの使用例』 そっくりの複製を作れる「ミメーシン」で、妻を複製してしまった男の悲劇、かと思って読んでたらすさまじく脳天気なオチでビックリ。思いつきで生命をもてあそぶ愚かさをあんなに警告してたのに!

『転換剤』 苦痛を快楽に変える薬を巡る悲劇。実験台になった犬と、自ら実験台になった開発者が、どちらも感覚の倒錯を自覚し恥じているように描写されるのが痛ましい。

『眠れる冷蔵庫の美女』 冷凍睡眠って、自ら望んでいるとはいえ囚われの身じゃよね。年に一度だけ目覚める美女が、小さいときから自分を見てきた少年が、中年を迎えると急に毛嫌いするようになる理由がわかりすぎる。

『美の尺度』 すごいセールスマン、シンプソン氏また登場。美を数値化するとゆう、使い道があるんだかないんだかわからない機械の、圧倒的に有効的な使い方がおもしろすぎる。

ケンタウロス論』 『現代イタリア幻想短篇集』で既読。ラリィ・ニーブン『スーパーマンの子孫存続に関する考察』と夏目漱石『こころ』が出会っちゃったとしか言いようのないトンチキで真面目な雰囲気が好きすぎる。

完全雇用』 すごいセールスマン、シンプソン氏またまたまた登場。自社の製品に飽きたらず、自分で事業を開拓するシンプソン氏。蜂がダンスで会話をするなら、人間ともコミュニケーション出来るのでは?という発想から、蜂を通訳にして様々な昆虫と交渉するのがおもしろすぎる。シンプソン氏は蟻に精密部品を作らせるが、それは機械による強制ではなく、あくまで労働契約なのだ。

『創世記 第六日』 万物の霊長たる「ヒト」がどうあるべきかを巡る侃々諤々の大会議。ようやく理想的な「ヒト」の結論に達しようとしたら、上役が我慢できなくてテキトーに作っちゃっててずっこける。

『退職扱い』 すごいセールスマン、シンプソン氏の最後の日々。他人の感覚を録り貯めて追体験するというのはよくあるアイデアだけれど、退職したシンプソン氏に報償として与えられたのは皮肉すぎる。自社製品の魅力に必死にあらがうシンプソン氏は、「自社の製品を熱烈に信仰している」という天成のセールスマンだった。