マイクル・イネス『ストップ・プレス』 国書刊行会

ストップ・プレス 世界探偵小説全集 (38)

ストップ・プレス 世界探偵小説全集 (38)

冒頭、「スパイダー」と呼ばれる人物の人生が簡潔に示されるのだけれど、実は「スパイダー」が人気シリーズ小説の主役キャラクターだというのがおもしろい。怪盗だった初期から正義の味方っぽくなっている現在までの作品を並べてみると、まるで「スパイダー」が実在の人物であり、シリーズが長期化する=年を経るに従って、いろんな設定=経験を得て、「スパイダー」が人として成長してるみたい。長期のシリーズものって、読者はあんまりキャラクターの成長を望んでいなさそうなので、「スパイダー」シリーズはよほど出来がいいんだろうなー。下手に変な設定を増やしていったら、つじつまが合わなくなりそうだし。てゆうか、性格設定でつじつまが合わなくなった結果が、キャラクターの成長ととられてたとしたら?(バカは嫌な方に解釈したがる)

そして、架空の存在のはずの「スパイダー」の仕業としか思えない事件が現実に起きてしまうという展開も素晴らしいが、「怪盗スパイダー」の犯罪を、「正義の味方スパイダー」が解決してしまってギャワー。自作自演?ってゆうか、俺があいつであいつが俺で?どこかでなくしたあいつのあいつ?

パーティー会場で事件が起こるが、事件のせいでパーティーが中断する気配が全然ないところがおもしろすぎる。犯人が見付からないなかでなおも事態は進行中、次の余興には次の事件、そしてその次の余興ではその次の事件と、捜査の進展よりも早く次々にいろんなことがどうにも止まらなすぎなところは、『ハムレット復讐せよ』でも見られたけど、ミステリというか喜劇の脚本を読んでるみたい。パーティー会場で入れ替わり立ち代わり人が出入りしてるうちに殺人事件が台無しになってしまうロバート・クーバー『ジェラルドのパーティー』を思い出したりもした。舞台はミスキャストでいっぱい、誰もその役を望んじゃいないのにも関わらず、悪意に満ち満ちた素敵な喜劇はエスカレートしつづける。

エリオット一族は、余計なことをさせたら世界一の一族だからおそろしいぜ。全員がそれぞれまったく違う思惑で余計なことをしでかしており、余計なことをするためだけに生まれてきたと言い切れる。

エリオットの血が流れる者は、余計なことをするためには迷惑も苦労も惜しまなすぎ。最悪を想定しても、その斜め上を行く最悪ぶりは、冨樫義博レベルE』のバカ王子みたいと言えばおわかりいただけるじゃろか。「スパイダー」という変現自在のトリックスターは、ルパートとエリオット氏の子供のころの悪戯や想像が起源だけれど、つまりエリオット一族の悪戯好きな性格を濃縮しているのかも。

てゆうか、「スパイダー」のおかげで暮らしてるいける業界人とか、人工廃墟を造り上げている武器商人の古美術愛好家とか、登場人物が変態すぎるので、アプルビイ警部は大変だなと思いながら読んでたけど、アプルビイ警部はヒドイ人なので、ものすごく冷静に観察して捜査してるからおそろしいぜ。

あと、変態的な設定で、変態的な登場人物で、変態的な舞台で、メタとかスラップスティックに逃げずに真っ当にわりとちゃんと納得できる謎の解決があるから偉いと思った。変態的な解決だけど、まあ大体のミステリーは論理を突き詰めて変態的な解決になるからいいのだ。