若島正編 異色作家短篇集『棄ててきた女』 早川書房

若島正編 異色作家短篇集『棄ててきた女』 早川書房

棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇 [異色作家短篇集] (異色作家短篇集 19 アンソロジー イギリス篇)
棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇 [異色作家短篇集] (異色作家短篇集 19 アンソロジー イギリス篇)若島正

おすすめ平均
stars英国伝統の端正な世界が堪能できる珠玉の傑作集
starsじわじわと効いてくる意地の悪さ、不可解な奇妙さが面白い

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収録作品:ジョン・ウインダム『時間の縫い目』/ジェラルド・カーシュ『水よりも濃し』/ジョン・メカトーフ『煙をあげる脚』/ジョン・キア・クロス『ペトロネラ・パン−−幻想物語』/ヒュー・ウォルポール『白猫』/L・P・ハートリー『顔』/ロバート・エイクマン『何と冷たい小さな君の手よ』/A・E・コッパード『虎』/ウィリアム・サムソン『壁』/ミュリエル・スパーク『棄ててきた女』/ウィリアム・トレヴァー『テーブル』/アントニイ・バージェス『詩神』/リチャード・カウパー『パラダイス・ビーチ』

またメモってなかった本をメモ取るために再読。再読はちょう楽しいが、未読の本が山積みすぎるので二冊に一冊ぐらいに抑えていきたいところ。とりあえず、このシリーズの収録作家の短篇集で、未読のやつから手をつけていこうかしら。ロバート・エイクマンとかジェラルド・カーシュとか。アンソロジーの素晴らしいところは、未知の作家に出会えるところだと言い切れる。

同じシリーズの 『狼の一族』(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200806.html#16_t1)がアメリカ篇で、こっちはイギリス篇。アメリカ人は、いい意味でも悪い意味でも馬鹿な印象があって、収録作品も馬鹿ばかりで楽しすぎた。イギリス人は、いい意味でも悪い意味でも性格がねじくれている印象があって、収録作品もねじくれてばかりで楽しすぎる。収録作品内での殺人率がものすごく高く、ついでに動機や状況がイヤすぎることが多いので、やはり クリスチアナ・ブランド(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200203.html#09_t1)を生んだ国なのだなあと思った。

ジョン・ウインダム『時間の縫い目』 運命のあの日、すべてが狂ってしまい、悲劇を想い出として折り合いをつけて老婆の前に、運命のあの日が蘇る。過去と現在が交錯し、老婆の前に繰り返されるすれ違いが、しかし、過去ではなく現在の老婆のその後に続いていくオチが好き。

ジェラルド・カーシュ『水よりも濃し』 なにもしない/出来ないがゆえに最低ファック野郎のウジウジとした言い訳口調がおもしろすぎる。それに比べて語り手の視線からは偏屈な叔父が、なんと豪快で気持ちのよい男であることよ。最低ファック野郎は最低のやりかたで叔父を亡き者にしたが、彼が受けた報いは、けっしてあの気持ちのよい叔父の呪いではなく、ファック野郎自らが招いたのだ。

ジョン・メカトーフ『煙をあげる脚』 タイトルが意味不明だが、意味不明なりにそのまんまの話であり、馬鹿というか頭がおかしすぎる話でおかしかった。

ジョン・キア・クロス『ペトロネラ・パン−−幻想物語』 赤ん坊というと純粋無垢なイメージがあるけれど、作者は天使のような赤ん坊に付き従う老婆という図式からこの狂気の物語を連想したんじゃろかー。赤ちゃんコンクールを彷徨う天使のような赤ん坊というイメージが、すさまじく美しい。

ヒュー・ウォルポール『白猫』 ウォルポールというと 傑作短篇集『銀の仮面』(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200209.html#15_t1)のイメージが強いので、この作品はそれほどおもしろくはない。アンソロジーの雰囲気には溶け込んでいるのかにゃー。

L・P・ハートリー『顔』 自ら描いた顔を持つ女を捜し求めるエドワードの奇妙さよりも、語り手のフラグクラッシャーっぷりがおもしろすぎる一品です。語り手が友人エドワードのために動いていると、なぜかモテてものすごい勢いでフラグを立てているからおそろしいぜ。なぜその選択肢で正解なのかサッパリわからねー。そして、語り手はどこからでもハッピーエンドに持って行けるのに、ごくアッサリバッドエンドで終了しているからビックリしますね。自覚なし。語り手のやる気のなさっぷりは、 アレナス『パースの城』(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200106.html#18_t1)を越えたじゃろか?

ロバート・エイクマン『何と冷たい小さな君の手よ』 携帯電話のこの時代にはイメージしづらいような、それでいてまったく完璧に美しすぎる、まさに綺談。携帯電話とかナンバーディスプレイだったら、非通知とか知らない番号からの着信はまず出ないし。
エドマンドの孤独と、彼の孤独につけ入る電話の相手のやり取りがすごくいい。「いつかかって来るかわからない」という不安だけでエドマンドを縛り上げ隷属させてしまうので、やはり『放置プレイ』こそが至高のSMプレイなのだとわかった。

A・E・コッパード『虎』 嫌いじゃない作品だけど、短篇集『郵便局と蛇』に収録されていた作品がよすぎたので、あんまり。

ウィリアム・サムソン『壁』 伊藤明弘漫画の絶体絶命シーンに出てきそうなシチュエーションじゃよね。B級アクション映画のワンシーンみたい。脇役はこのピンチを切り抜けたことに油断して、次の瞬間アッサリ間抜けな死に方をして観客の笑いを誘いそう。

ミュリエル・スパーク『棄ててきた女』 いーやーすーぎーるー。自分が死んだことに気づかずに、気がかりの原因を求めて会社に戻る道すがら(いろんなところでことごとく無視される)に、孤独な女の孤独な人生が見事にオーバーラップされすぎ。死んでようが生きていようが、彼女の人生はその程度だったのだ。元祖『シックスセンス』なのか?

ウィリアム・トレヴァー『テーブル』 これ読んでトレヴァーの短篇集『聖母の贈り物』に手を出したんだっけか? 順番忘れた。ひたすら金儲けのことしか考えてないジェフズさんが、テーブルをめぐるややこしい取引をしているうちに、ウッカリ他人様の家庭の事情に口を出してしまうのはわかりすぎる。

アントニイ・バージェス『詩神』 解説によると、バージェスでSFって珍しいらしい。『時計仕掛けのオレンジ』とか 『どこまで行けばお茶の時間』(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200308.html#15_t1)のイメージからすると、SFしか書いてないような気がするのは出版レーベルのイメージですかそうですか。
 ウィリアム・テン『モーニエル・マサウェイの冒険』(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200806.html#19_t1)の逆パターンであり、やっぱり ロンドンは暗黒都市(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200301.html#05_t4)すぎる。

リチャード・カウパー『パラダイス・ビーチ』 SFの利点って、突拍子もない空想を捻じ込めることだと思うのだけれど、突拍子もない空想を捻じ込むことで舞台を広げるのと同時に、状況を限定できるところもおもしろい。「幻想の世界を見せるが、中に入り込むことはできないスクリーン」という小道具を見事に使ったミステリーになっていて好き。ちょい役もトリックの鍵になっているところがおもしろすぎる。でも、なんかこの作品ってアンソロジーから浮いてね?