浅倉久志編『グラックの卵』 国書刊行会

浅倉久志編『グラックの卵』 国書刊行会

グラックの卵 (未来の文学)
グラックの卵 (未来の文学)Harvey Jacobs 浅倉 久志

おすすめ平均
stars大ボラSF
stars値は張りますが、ファン垂涎のマニアックな作品集

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収録作品:ネルスン・ボンド『見よ、かの巨鳥を!』/ ヘンリー・カットナー『ギャラハー・プラス』 /シオドア・コグスウェル『スーパーマンはつらい』 /ウィリアム・テン『モーニエル・マサウェイの冒険』/ウィル・スタントン『ガムドロップ・キング』 /ロン・グーラート『ただいま追跡中』/ジョン・スラデック 『マスタースンと社員たち』 /ジョン・ノヴォトニイ『バーボン湖』 /ハーヴェイ・ジェイコブズ『グラックの卵』

かなり以前におもしろく読んだけどメモを取ってなかったので、メモを取るために再読。ユーモアとか奇想がメインの短篇集であり、大好き。たぶん、僕がSFに期待しているのは、馬鹿なことを馬鹿馬鹿しい理屈でさも当然のようにしれっとやってしまうところなので、どの短篇も好ましすぎる。

ネルスン・ボンド『見よ、かの巨鳥を!』 外宇宙から迫る惑星規模の鳥の影! 太陽系の惑星はその鳥の卵、太陽は孵卵器だったのだよ!! そうだったのか、キバヤシ!! というアホな話を、地球の破滅に怯えつつジャーナリストが書き綴っているところがおもしろすぎる。地球人類が助かるためには、地殻を破って孵る前に雛鳥を殺されねばならない。地球人類か、雛鳥か、助かるのはどっちだ!というノリは、わりとB級SF映画みたいだと思った。そういえば、『トップをねらえ!』の宇宙怪獣も、太陽に卵生むのが目的だったよなー。

ヘンリー・カットナー『ギャラハー・プラス』 意識を取り戻して自分が泥酔状態でしでかしたことを考えて青くなることがよくあるけれど、ほろ酔いだと無能なのに、泥酔状態だとすごい発明家になってしまうギャラハーさんはすごいなー。泥酔でこわいのは記憶がなくなっているところだけれど、泥酔状態でしでかしたことの後始末をしていると、いつの間にかお金持ちになっているからおそろしいぜ。ナルシストで自分の内臓器官にしか興味がないロボットとか、アルファベット順に酒を飲む代議士とか、細部も好き。僕だったらアブサン、バーボン、カンパリソーダ、ディタ・スプモーニ…みたいに順番を考えてみたりもした。

シオドア・コグスウェル『スーパーマンはつらい』 超能力者VS普通の人間という図式はわりと古典的なネタだけれど、ここまで身も蓋もない話になってしまうとおもしろすぎる。人類との対決を避けるために悲壮な覚悟で地球脱出を企てる超能力者たちはいい人すぎであり、「空飛べるなら飛ばないとダメだろう。だって超能力者なんだし」と考えてしまうところに、いい人っぷりが滲み出ている。

ウィリアム・テン『モーニエル・マサウェイの冒険』 タイムパラドックスのようでタイムパラドックスをうまく回避しているオチがおもしろすぎる。タイムマシンでわざわざ会いに来た憧れの画家がとんでもないファック野郎で、過去に取り残された未来人は気の毒すぎる。かつて憧れた糞画家に成りすまして糊口をしのがなければならない苦悩。すでに糞画家を乗り越えた天才画家には、絶望しかない。芸術家は大変だ。

ウィル・スタントン『ガムドロップ・キング』 甘い、せつない少年の想い出。UFOに乗った王様は、ふたたび現われるのかなあ。

ロン・グーラート『ただいま追跡中』 深層心理とかいうと小難しいイヤ話になりがちだけれど、アホ話でした。こんなに馬鹿なイヤボーンの法則は見たことねー!

ジョン・スラデック『マスタースンと社員たち』 会社組織のイヤなところがギュッと詰まった一品です。なんでスラデックは各要素だけ見るとわりとまともなのに、突き詰めてとんでもない馬鹿にしてしまうのかとか、そういうようなことが言いてえ(いつも)。

ジョン・ノヴォトニイ『バーボン湖』 最初に飲んだときにはバーボンが嫌いだったので、湖がバーボンになっても全然うれしくなんかないぜと思ってたけど、今はバーボンもそこそこ好きなので、氷とソーダがあってワイルド・ターキーかオールド・グランダットならありかなと思った。

ハーヴェイ・ジェイコブズ『グラックの卵』 絶滅したはずの鳥の卵をめぐるスラップスティックであり、おもしろすぎる。SFって、SFネタにしか頭が回らないからなのか登場人物に魅力がないことが多いけど(偏見)、エキセントリックなだけじゃなくて登場人物がみんな魅力的でキャラが立っててすごくいい。グラックの卵争奪戦に巻き込まれた主人公が、なぜかモテてモテてモテ抜く(男女問わず)ところがおもしろ好き。姉妹に惚れられて、毎晩のセックスで体力を奪われて命が危なくなったりもする。
あと、ライバルのネイグルが、偽の卵をつかまされたことにまったく気がつかず、最後まで満足げだったところがわりと好き。ネイグルにとって、絶滅種グラック自体はどーでもよく、グラックに執着した亡き父の妄執を満足させたかっただけなのだ。
オチも素敵すぎる。ヒーコフ博士は自分のためではなく、親友であり犯し損ねた主人公のためにグラックの卵を預けたのだ。