スチームボーイ

 世界を破壊してしまうようなおそろしい発明をしてしまったことを後悔をしている老科学者が、子供たちに発明を渡すことで同時に未来をも託し、悪の組織から世界を守るために子供たちの大冒険が今始まる! ウンザリするほど流れている予告編を見て、そんな清く正しい冒険活劇だと思って見に行ったら、全然違うのでビックリしますね。まさか正統派スチーム・パンクに見せかけたマッド・ヴィクトリアン・ファンタジーの正嫡だったなんて! これは嬉しい誤算なんじゃよー!
 どいつもこいつも他人の話に耳を貸さず、ひたすら自分の信じる道のみを突き進み、無益な人の死を見ようがロンドンの大破壊を見ようが正義やら人道やらに目覚めるどころか気にもしない正直でおかしな登場人物ばかりの中で、とりわけスチーム一族のマッド・サイエンティストぶりは素晴らしすぎる。レイが主役だと思わせておいて、ロイドとエディが大活躍なところが素敵。スカーレットはまだいいとして、レイの従姉妹の女の子は絡みようがなかったもんなー。
 レイ・スチームの祖父・ロイドと父・エディは、究極の蒸気機関スチームボールを巡って「科学とはなにか? 平和利用するものなのか? 戦争にまで使ってしまっていいのか?」みたいなイデオロギーの違いで対立しているんだとばかり思っていたら、そんなお為ごかしの抽象論なんて本当はどうでもよくて、ただ「俺の考えたスチームボールの使用法のほうがスゲェぜ!」というだけの子供の喧嘩レベルの対立に過ぎないのがおもしろすぎる。自分の考えた発明のほうがすごいと言いたいためだけに「科学とは?」という問いを持ってきてしまう(なんとも白々しい彼らの主張)、そんな手段と目的の逆転がまさにマッド・サイエンティスティック! イデオロギーの相違が二人にとってはどうでもよい証拠に、エディは一通り『ぼくの考えたスチームボールの使用法』を試してスッキリしたら、「じゃ、次はお父さんどうぞ」とばかりに今まで邪魔をしてきたロイドの手伝いをはじめる始末。ロイドの方でも、エディが邪魔をしないなら特に文句はない御様子。
 ロイドのした無茶な実験のせいで醜い姿になったエディはロイドのことを恨んでいるのかなー、それで親子でいがみ合っているのかなーと思ってたら、科学の前ではそんな小さなことはどうでもいいらしい。むしろ、無茶な実験を敢えて強行することでスチームボールを完成させたロイドのマッド・サイエンティストぶりに感銘を受けて、エディは自分もマッド・サイエンティストとして我が道を行くことを決めちゃったらしい。さすが親子、血は争えない。
 ロイドとエディのマッド・サイエンティストぶりと好対照なのが、スチーブンスンとデイヴィットじゃろか? スチーブンスンはイギリス政府の雇われ科学者で発明は国家のためにあるものだと思っているし、デイヴィットは大発明家スチーム一家のレイに目をつけて一緒に会社を興して一儲けしようと持ちかける。スチーブンスンとデイヴィットにとって、発明は世渡りという目的のための手段に過ぎないのだ。一方、ロイドとエディはひたすら自分の脳味噌の中にある発明を形にして世に出したいだけであって、スチーブンスンとデイヴィットにとっては手段に過ぎない発明は、ロイドとエディにはずばり目的そのものなのだ。だから、スチーブンスンとデイヴィットがロイドとエディの発明の数々(発明としてはすごいけど、兵器としてはダメすぎる蒸気潜水兵)、そして夢と希望と妄執と悪夢の混合物である「スチーム城」の真の姿を目の当たりにして呆気にとられ「発想が違いすぎる」と溜息を漏らすのは至極当然のことなのでした。ただの科学者とマッド・サイエンティストの違い、それは出来るからってやっちゃうか否かだけであり、その有り余る才能ゆえに不可能なことをやっちゃった人たちは、もうマッド・サイエンティストとして邁進するしかないみたい。
 あんなにこだわったスチーム城なんだから、ロイドもエディも城の崩壊と運命を共にするのかと思っていたら、二人とも自分の見せたかった(見たかった)スチーム城が見れて満足しちゃってさっさと脱出しているところがおもしろかった。ロイドとエディにとって、完成した発明など最早命を懸けてまで執着するまでもない。次の発明のために、次の次の発明のために、発明の喜びを無限に味わうために、マッド・サイエンティストは去ってゆくのでした。どう考えてもこの映画の主役はロイドとエディのマッド・サイエンティスト親子だと思う。
 あと、スチームボールが3つあるところとか、スチーム城の素敵な活躍ぶりを見ていると、『ジャイアント・ロボ THE ANIMATION』を思い出すね。ロイドとエディは「もう遅い! 私はこれと共に生き、共に死す! 今更なんの躊躇いがあろうか!!」というフォーグラー博士のような勢いで大活躍。でもたぶん、ロイドとエディは人類の平和のことはあんまり考えてないと思う。あと、自分の作った発明がどんな結果を惹き起こそうが絶対に後悔しないと思った。ロンドンメチャメチャにしたけどケロリとしてたし。