クリス・バラード『バタフライハンター』 日経BP

バタフライハンター 10のとても奇妙で素敵な仕事の物語

バタフライハンター 10のとても奇妙で素敵な仕事の物語

変な職業を紹介してあるらしいので、奇人変人をおもしろおかしく紹介してるのかと思って読んでみたら、語り口は軽妙だけれど、あくまで真剣に対象にせまっているところがすごくいい。著者のクリス・バラードにとって天職はライターであり、天職に出会えた人たちに取材することが、なぜか天職に出会えた自分自身との対話になっているところが好き。

スティーブン・ミルハウザー高橋源一郎が小説に描きそうな、つまり概念として先鋭化し尽したが故にあり得そうであり得なさそうな職業が、アメリカではビジネスとして成立するからおそろしいぜ。

「天職」は、英語で「calling」というらしい。神に呼ばれるというのは、「神」という概念が日常にあるかないかで変わって来るけれど、天職がある人はしあわせに違いない。中川いさみ『天職の泉』で、どんなにキテレツに描かれようが「天職」にある彼らがしあわせに描かれていたように。

『スカイウォーカー』 自らをスパイダーマンになぞらえているやや誇大妄想気味の元海兵隊員が、「自らの正義」と「社会の正義」を重ねたところに、悲劇ではなく成功したビジネスがあるところがすごくいい。

『目玉職人』 ドイツの職人にまで遡れるファミリービジネスとしての側面も素敵だが、義眼を作る技術はともかくとして、必要なのは義眼作りに対する誇りと愛着なのがすごくいい。

『きこりレディ』 彼女が男女同権を主張するのは、彼女がフェミニストだからではなく、ただ「きこり競技に参加したいから」というがすごくいい。

鉄道模型製作者』 この中では一番イメージに近い天職かも。鉄道模型製作に熱中するあまり、鉄道模型製作から離れられない自分をアルコールや麻薬の中毒者と同じとみなし、中毒者の互助会に出掛けている。そこに別の天職を見い出しているのが素敵。

『仕事学者』 様々な統計やテストで他人様の天職を分析するのを仕事にしている人が、「あなたの天職は?」と聞かれると、「他人の仕事を分析する」とゆう自分の仕事が天職すぎることに気がついてしまうところがおもしろすぎる。

『声のセールスマン』 映画の予告編で声だけよく聞くあの人の成功譚。そっかー、予告編専門の人だったんだー。

『キノコ採掘師』 キノコ好きすぎな人が、キノコ好きすぎるままで、なおかつそれが生活として成立しているのがすごい。純粋な自然の恵みであるキノコを巡る、妄想一歩手前のライバルたちとの競争がおもしろすぎる。

『筆跡探偵』 専門的な分野のことはわからんが、小説やドラマとかで扱われる範囲では、ナボコフの言う「ウィーン会議派」は胡散臭いにゃーと思っているので、筆跡で精神鑑定して裁判の資料にも使われるというは胡散臭すぎる。でも、彼女たちの取り組みそれ自体は素晴らしい。あんまり関わりたくないが。

『アメフト伝道師』 アメフトのプロプレイヤーじゃないどころか、生まれつき身体が不自由なコーチという、想像上でしか存在できなさそうな人の存在感がおもしろすぎる。良いプレイヤーが良いコーチになるとは限らないのに、人は無意味に根拠を見い出そうとするんじゃろか。

『バタフライハンター』 ナボコフ『オーレリアン』の世界じゃよねー。標本を「死体」と言い切る態度がマグナムパンチでかっこいい。