荒俣宏編『新編 魔法のお店』 ちくま文庫

新編 魔法のお店 (ちくま文庫)

新編 魔法のお店 (ちくま文庫)

荒俣宏による『ハメルンの笛吹き』を例にした、「魔法」と「お店」の類似性の解釈が素敵すぎる。「魔法」と「お店」が近しい関係にあるのは、どちらも「お客様」は欲望を叶えるために従うべきルールがあるところじゃよねー。

「お客様」がルールに従っている間は、「魔法」も「お店」も従順な下僕でいられる。でも「お客様」は何故か必ずルールを破りたい(ルールの裏をかきたい)という欲求を持ち、「魔法」や「お店」はルールを侵した「お客様」に今までの丁重さを裏返したような苛烈な罰で報いる。「金を払わずに商品を持ち逃げする」というルール違反をすれば、「呪われる」か「警察に通報される」。

「お客様」は必ず裏切りたくなり、「魔法」や「お店」はそれを見越して甘いルールを設定して裏切りを誘惑するという、この緊張感に満ちすぎたシステムが限りなく魅力的なんだろうなー。そして、「魔法」と「お店」がいっしょになったとしたら、このアンソロジーがおもしろくないわけがない。

アンデルセン『マッチ売りの少女』 マッチ売りの少女の嫌な解釈といえば売春の隠喩だけれど(『女囚さそり けもの部屋』はその際たるものじゃろか)、マッチを擦ることを魔法と考えれば、手に入らないものを魔法の取引きで手にいれようとする物語は、このアンソロジーの冒頭を飾るのには相応しすぎる。『幸福な王子』はゲイ短篇集に採られているし、童話といえどうっかり歴史に名を残すとおそろしいにゃー。

R・A・ラファティ『われらの街で』 掘っ立て小屋でできるはずのないものがすごい勢いで作られる胡散臭さがすごくいいが、その胡散臭さは「どうやってるの?」と聞かれても誤魔化す気がない誤魔化しでのらくら逃げることであり、また追求するほうも「ま、いっか」と帰っちゃうところにあると言い切れる。

稲垣足穂『星を売る店』 稲垣足穂は苦手なんじゃよねー。でも、アンソロジーでちょっとだけ読む分には楽しめてよい。

H・G・ウェルズ『謎の水晶』 水晶を通して火星と繋がるというのはラブクラフトじみたコズミックホラーの領域になるはずなんだけれど、主人公を大学教授ではなく骨董屋の冴えない主人にしているところが慎ましくてよい。水晶の向こうに火星を見ていた彼は、ナボコフ『オーレリアン』のあの蝶収集家と同じところに旅立ったんじゃろか。

ウォルター・デ・ラ・メア『奇妙な店』 謎の箱から聞こえてくる謎の音を、客がもっともらしい形容で解釈すると、店主がいちいち否定するところが好き。

ハーヴィ・ジェイコブ『おもちゃ』 『グラックの卵』みたいな愉快な作品と思って読んでたら、あまりにも痛切でビックリしますね。
ふらりと立ち寄った店にあるのはどれもこれも自分の子供のころの想い出の品ばかり。でもあなたはひとつしか選べない。その理由が「バーゲン品はお一人様一品まで」というルールなのがうますぎる。

ヤン・バイス『マルツェラン氏の店』 ガラクタにもっともらしい由来をつけて売っている店に四角四面の学者が来て、品物にかかっている魔法をといてしまう。もう一度魔法をかける呪文が「詩情」というのは、詩をまったく理解できない僕にもわからんことはない。

H・G・ウェルズ『魔法の店』 マジックのタネを売る店かと思ったら、ホンマモンの魔法を売ってる店。マジックなのか魔法なのか、薄暗い店内ではどっちつかずなところが素敵すぎる。明るい場所でつまびらかにしない、タネや仕掛けがあるんだかないんだかわからない不思議な現象が、店の中で起きているところがすごくいい。ミルハウザーの先駆けじゃろか。

A・E・コッパード『ピフィングカップ』 友人から譲り受けた鉛の鉢を使って髭を剃ったら二度と髭が生えてこないという話が、どう展開したら「川に投げ捨てた鉢を拾おうとすると死ぬ」という話になるのかさっぱりわからねー。そして、昔話チックに三回繰り返すところとか、娘が拒否する理由が「生命が惜しいからではなかった」とわざわざ強調されるとか、こんなトンチキな話はコッパードしか書けないよなー。大好き。

シンシア・アスキス『かどの骨董店』 古本屋の百円棚でプレミヤ本を見付けるとちょっと後ろめたくなるけれど(でも買う)、骨董になると額が違うから大変じゃよねー。高価な偽物掴まされるのより嫌かも。

ジュール・ベルヌ『ザカリウス親方』 時計はしばしば狂気の象徴として使われるけど、自分の作った時計が次々に止まり続けることで自身の死を予告されるのは嫌すぎる。悪魔めいた男が時計の針のような動きをしているのは神経に来る嫌さ。時計は狂っていても嫌だけど、正確なのもなんかこわい。

H・S・ホワイトヘッド『お茶の葉』 『かどの骨董店』と同じシチュエーションで、こっちは罪悪感を持たないのがおもしろい。確かに、プロが素人を騙すのはよくないけど、プロが品物の価値に気が付かないのは自業自得じゃよね。

フランク・オーエン『支那のふしぎな薬種店』胡散臭い中国人の口車に乗ると、冬虫夏草にされてしまうからおそろしいぜ。だから中国人は「ノックスの十戒」で出場停止処分にしてー。

クリスティーナ・ロゼッティ『小鬼の市』 小鬼の果物を一度食べちゃダメって、日本神話のヨモツヘグイとかギリシャ神話のオルフェウスみたいじゃよね。もしくは、薬物の禁断症状。
妹には甘言を弄して食べさせたけど、姉は賢いから無理っぽい。だったら小鬼たちはどうするのかと読んでたら、殴る蹴るの暴行を加え始めたからおそろしいぜ。童話といえどもバイオレンスすぎ。

ジョン・コリア『瓶の中のパーティー』 ランプの精の話の変種。ランプの精が狡猾というより、人間がアホすぎであり、自業自得。

エルゼ・ラスカー=シューラー『白いダリア』 なんかよくわからんかった。