森茉莉『記憶の繪』 ちくま文庫

森茉莉『記憶の繪』 ちくま文庫

記憶の絵 (ちくま文庫)
記憶の絵 (ちくま文庫)森 茉莉

おすすめ平均
stars明治・大正時代に思いをはせました

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永遠の乙女である森茉莉が、年齢的にも乙女だった時代、幼少期から結婚・父の死・離婚までを時系列に回想するエッセイ。森茉莉のエッセイは、風呂に浸かりながら読むのにちょうどよい長さと内容なのでうれしい。

いつもの森茉莉であり、韜晦と乙女ちっくと鋭い舌鋒が入り混じっていておもしろかったのだけれど、なんか物足りないんじゃよねー。期待していた森茉莉とはちょっと違う。

僕が期待しているのは、 『貧乏サヴァラン』(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200204.html#14_t1)や 『薔薇くい姫』(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200503.html#24_t1)や 『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』(http://www.h2.dion.ne.jp/~vain/book/log/200504.html#12_t1)の森茉莉であり、つまり、外見は老婆でありながら心はどこまでも乙女ちっくな森茉莉なの。少女のころの想い出を、老いてからほぼ当時のままの記憶(心情的にも)で書き記すことが出来たのはすさまじい奇跡だとは思うのだけれど、それはそれ。森茉莉の少女時代単体には、あんまり興味がないんじゃよねー。

すでに老境を迎えている森茉莉が、テレビ見たり料理作ったり書き物をしながら昭和をどうやって乙女ちっくに生きているか。そして老婆になっても営々と保ち続けている乙女ちっくな心構えを通じて、現在の現実の昭和の生活に、唐突にしかも違和感なく挿入される明治・大正時代の乙女ちっくな想い出という、記憶(過去)と現実の不思議な相関関係が大好きなノデ。永遠の乙女であり時をかける少女である森茉莉にとって、時間の観念は僕たちとはまったく違うものだったのかもしれない。乙女ちっくさがタイムマシーンになって、過去と現在を自由に往来できていまうのが森茉莉の最大の美点だと言い切れる。

過去(記憶)と現実が滑らかに呼応しているところって、ちょっとナボコフの諸作品を思い出させる。森茉莉は小説作品で記憶を切り売りしなかったのだけれど、ナボコフは自作のどこかで「自分が幼少のころの想い出は、すべて作品のなかの少年に譲ってしまった」と言っていた。

森茉莉のエッセイに出てくる過去(それは森茉莉の中では時間的には遠い過去だが、気持ち的には今もまったく同じなのだ)を整理して知ることが出来たのはよかった。