オー・ブラザー!

 登場人物はあくまで物語を動かす歯車であり人間に対する思い入れがまったくないいつものコーエン兄弟映画だけれど、こうゆうわりと直球気味なコメディだと突き放した視点がうまく作用していておもしろいね。
 原作がホメロスオデュッセイア』だと堂々と言い張るところが人を食っていて楽しいね。脱獄犯が家族に再会するまでの艱難辛苦の道程をロードムービー風に仕上げつつ、要所要所にブルースやカントリーの名曲(だと思うけれど、よくわかんない)を織り込んでいるのは、詩の女神ミューズへの献辞から始まる叙事詩を踏まえているからに違いないんじゃよ?(馬鹿は『オデュッセイア』を読んだことがないのにテキトーなことを言った)
 三馬鹿脱獄囚のスットコ道中のところどころに『オデュッセイア』の片鱗が見えていて楽しいね。盲目の預言者が手漕ぎ車で線路をやってきたり、川辺で歌う美女に誘惑されて酷い目に遭ったり(セイレーン?)、変な酒で酔っ払ってるうちに仲間の一人が服を残して消えて代わりに蛙が一匹いたり。アイパッチのセールスマンはメイキングを見てたらサイクロプスだとわかっておもしろかった。超常現象ではないながらもわりとトンチキな事象が起きるのだけれど、謎のキリスト教徒が川で儀式(再洗礼派なのか?)してたり、クー・クラックス・クランマスゲームをしている1930年代のアメリカ南部の田舎(画面全体の砂茶けた色具合が素晴らしい)ならあり得るかもなーとかウッカリ思い込まされてしまうのでふしぎ。フラナリー・オコナーとかカーソン・マッカラーズとかフォークナーとかカポーティーとか読むと、アメリカ南部はディープすぎる。
 三馬鹿脱獄囚のリーダー格がジョージ・クルーニーというのがおもしろいね。銀行強盗で入獄したとか言っているので『フロム・ダスク・ティル・ドーン』のセス・ゲッコーのような凶悪でイカす人物なのかと思ってたら、それは脱獄して家族に会うための方便で本当はケチな弁護士詐称というのでずっこける。アイパッチセールスマンとの戦いでも、豹変したセールスマンをニコヤカに見つめているうちに殴り倒されるし、元妻のフィアンセと殴り合いの喧嘩のはずが一方的に殴られて放り出されるし。多少は口が回るけれど、愛すべき馬鹿。
 三馬鹿脱獄囚が行きがかり上関わることになるジョージ・ネルソンがおもしろい。なんか悪い薬でもキメてるのかハイテンションで警察とカーチェイスをして銀行を襲うネルソンだけれど、「ベビーフェイス」という綽名で呼ばれるとものすごい勢いでテンションが下がって泣き出しそうになってしまう。三馬鹿脱獄囚と再会したネルソンは警察に捕まって晒し者になっているけれどまたハイテンションに戻っていて、三馬鹿脱獄囚が「彼は頂点に返り咲いたんだ」というのは納得できる。
 楽しげな雰囲気のセールスマンが豹変するのって、『バートン・フィンク』でもあったような。同じジョン・グッドマンが演じてるし。ジョン・タトゥーロが蛙になっていなかったら穏健に済んでいたかもしれない。
 牛がマシンガンで蜂の巣になったり、蛙が握りつぶされたり、なにげに動物虐待映画なのか?
 あと、脇役に似たような顔のデブ俳優がいっぱい出てるので、誰が誰やらサッパリわからんこともある。