S.F.Xハードボイルド ラブクラフト

 B級を通り越してただのつまんない映画の雰囲気が漂ってくるタイトルにやや尻込みしながら見てみたら、わりとしっかり作られていてちゃんとおもしろいのでビックリしますね。舞台は1948年のアメリカ、元警察官の私立探偵が主役と来ればタフなハードボイルド映画であり、雰囲気はけっこう出てる。問題があるとすれば、主役の探偵の名前がH・P・ラブクラフトだということぐらいじゃろかー。こんなラブクラフト見たことねー!
 ラブクラフトが主役なだけに、ちゃんとクトゥルーチックな小物も押さえている。ラブクラフトが捜索を依頼される本が「ネクロノミコン」なのは当然として、ナイトクラブの名前がダニッチ・ルームというのは、のちのち関わってくる邪神がヨグ=ソトースということ考えればニヤリとさせられるネーミングじゃよねー。他にもディープなラヴクラフティアンが見ればおもしろい暗号とか小物が見つかるのかも。
 魔術が当たり前に存在する世界観がおもしろい。雰囲気は1948年のアメリカの街並みなのに、日常生活レベルで魔術が使われている。冒頭の魔術を使った殺人のような派手な使い方もおもしろいけれど、画面の端っこに写るささやかな魔術が好き。肉体労働は一山いくらの死体から作ったゾンビに任せ(腐ったら捨てるらしい)、駅では旅行者の後ろから鞄の列が空を飛びながらついていったり、警察署ではタイプライターが自動書記していて、ナイトクラブではバーテンダーの手から次から次へとグラスが出てくる。背景にさり気なく世界観が出ていて、そのさり気なさがハードボイルドな雰囲気を壊すことなく補強しているところがすごく好き。そんな中を、魔術は使わないという流儀を頑なに守る(それゆえにしょぼくれて貧乏な)私立探偵ラブクラフトが歩き回るというところがすごくいい。だから、クリーチャーの造形がヘボいのはこの際目をつぶることにする。クリーチャーだけは妙にギャグっぽい演技してるから、この世界にそぐわない異質な存在の役割を果てしているに違いないんじゃよ?
 ラブクラフトの昔の女であるコニーが二重に裏切っていたりとけっこう波乱の展開のあと、クライマックスは悪役が悪魔(ヨグ=ソトース)を召還して世界を支配しようとするというありきたりなB級ホラーな展開になってしまうので、今までの雰囲気がよかっただけにやや残念だなーと思ってみていたら、オチがアホすぎてずっこける。まさか儀式に必要だった娘(ユニコーンに近づけるぐらいの処女じゃないとダメらしい)が、ラブクラフトの頼みで娘を護衛をしていた刑事と出来ていたなんて! 生贄が処女じゃないことを触手で撫でるや否や悟ったヨグ=ソトースはすっかりおむずがりであり、責任者である悪役をブチ殺して帰っていきましたとさ。こんなトンチキなオチは、K・W・ジーター『悪魔の機械』以外では許されないのじゃよー! なにはともあれ、愛は地球を救うらしい。そして童貞と処女は世界の敵なんじゃろかー。
 ラブクラフトの事務所の大家って、妙に変な魔術に詳しいし、やたらラブクラフトに親切だし、黒人だし、絶対ナイアルラトホテップだと思ったのに、最後までそれらしい描写はなかった。掌を見せるシーンがあれば一発でわかるのになー。そんなこと違うでニャルラよ?