ストレイト・ストーリー

 デヴィッド・リンチで普通の映画なんてご冗談でしょうファインマンさんと思って見てみたら、ものすごく真っ当な映画であり、リンチ風の変な仕掛けはほとんどないからガッカリしたかというとそうでもなくて、リンチの映画の中では好きな方に入るかも。思ってたよりもずっとおもしろくて思わぬ収穫だった。
 どこまでも真っ直ぐに続く道を爺さんが行くのに、自動車やバイクではなく、ひたすらのんびりゆっくり進むことしかできないトラクターに乗っているのがこの映画のキモじゃろかー。爺さんには爺さんのスピードがあり、長い長い爺さんの人生を振り返りながらの旅にはバイクや自動車では速過ぎる。ちょっとしたことが原因(直接にはなにも触れられていないところがいい)で口もきかなくなった兄と再会するためには、500キロという道程をトラクターの速度で思い返しながら進むのがちょうどいい。トラクターに乗っているけれど、これは立派なロードムービーなのだと思う。
 ロードムービーらしく、旅の途中でいろんな人と出会っては別れ、いろいろ会話を交わすけれど、あんまりベタベタしていないところが好き。妊娠して困り果てヒッチハイクをしている少女と野宿しながら家族のことを話し、追い越してゆく自転車ツーリングの若者たちと老いについて話す。ほとんどが一晩だけの付き合いなところが一期一会ってかんじなんじゃよね。バーで戦争の話をしているときもそうだけれど、他人と話しているようで、自分自身に語りかけているところが好き。
 わざわざやってきた爺さんを見て、爺さんの兄は爺さんの乗ってきたトラクターを見て、そしてふたりで夜空を見上げるところでこの映画は終わる。爺さんが一ヶ月以上も見上げて来た夜空を見ながら、ふたりはいろんなことを話したのかなあ。それとも話さなかったのかも。
 爺さんの娘役がシシー・スペイセクでビックリしますね。あのキャリーがこんなおばさんになっちゃってまあ。独特の喋り方と、爺さんと二人で雷雨を眺めているシーン(二人とも雷雨が好き)が好き。
 鹿をはねるシーンだけがなんかすさまじくリンチっぽい。鹿が好きなのに週に一度は必ず鹿をはねてしまうというおばさんが、通りすがりの爺さんにブチ切れる。爺さんが鹿の肉を焚き火で炙って食べようとすると、たくさんの鹿に囲まれている。
 あと、トラクターが故障して家に帰ってきて、娘と娘の友達の憐れみの視線を浴びながら爺さんがなにをするのかと思ったら、壊れたトラクターを銃で撃って爆破炎上させるのですごいと思った。さすが元狙撃兵。