ホルへ・ルイス・ボルヘス『砂の本』 集英社文庫

●ホルへ・ルイス・ボルヘス『砂の本』 集英社文庫

砂の本 (集英社文庫)
砂の本 (集英社文庫)Jorge Luis Borges 篠田 一士

おすすめ平均
starsボルヘスwikipediaの夢を見たか? !(^^)!
stars南の英雄、ボルヘス
stars「もう二度と見られませんよ」

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収録作品:他者/ウルリーケ/会議/人智の思い及ばぬこと/三十派/恵みの夜/鏡と仮面/ウンドル/疲れた男のユートピア/贈賄/アベリーノ・アレドンド/円盤/砂の本/汚辱の世界史/ばら色の街角の男/死後の神学者/彫像の部屋/夢を見た二人の男の物語/お預けをくった魔術師/インクの鏡/マホメットの代役/寛大な敵/学問の厳密さについて

『エル・アレフ』『伝奇集』と読み返してきて、「なんかボルヘスに期待してるボルヘスっぽさって、結局勝手にこっちが期待してる以上のものはないんじゃろか。わしには明日という日はないんじゃろか」と、勝手に期待して勝手に失望していたのだけれど、読み返したらおもしろすぎたのでビックリしますね。ボルヘスは死なず、そして消え去らない。

『他者』 ボルヘスによくある、自分自身との解逅の話。過去の自分自身に出会って、止めようと思いつつつい偉そうになる老ボルヘスの気持ちはわからんでもない。

『ウルリーケ』 ファム・ファタールとの出会いを『ニーベルングの指輪』に例えるならば、相手にも例えの真意が伝わっていなければならず、つまり文学に限らず、好事家がその知識をひけらかす気がなくても自らの趣味に耽溺しつつ恋愛をするのは難しいにゃーと思った。

『会議』 会議の会議っぷりがたまらない逸品です。「会議」という言葉を「ボルヘス」に置き換えてもよろしい。

人智の思いも及ばないこと』 ラブクラフトの出来損ないみたいな短篇だにゃーと思いつつ読んでたら、後書きでボルヘスさん自身がアッサリ認めてるのでビックリしますね。ボルヘスラブクラフトのことを「ポーの無意識のパロディスト」と言っているけれど、ラテンアメリカ作家の複数のアンソロジーで、彼らのポーっぷりは目のあたりにしているので、ラブクラフトボルヘスは同じポーを師匠にした兄弟弟子なんじゃないのかにゃー。

『三十派』 ボルヘスさんの妄想が炸裂しすぎる好短篇。知識が増えすぎると、知識と知識とが互いに触手を伸ばし絡み合い結び付き異様な外観を呈することがあるけれど(人はそれを「妄想」あるいは「キバヤシ」と呼ぶ)、ボルヘスさんは妄想もおもしろければ突き詰めつつ、結果は放置するからおそろしいぜ。

『恵みの夜』 売春宿で童貞を切った夜に殺人事件勃発って、世が世ならトラウマだけれど、一晩で生と死を知ることが出来たという壮絶なよかった探しになっているからおそろしいぜ。

『鏡と仮面』 賑々しい詩歌がドンドン短くなっていく様に、日本の短歌の神髄を見た気がしたが、基本的に詩をまったく解さない人間なのでよくわからん。

『ウンドル』 ボルヘスには、文字にしても発話にしても「ただ一言ですべてを包括する」というモチーフがよく出てくるけど、現代日本語しか解さないといまいちイメージしづらい。こうゆうのは、世界言語であるラテン語、もっと言えば母音と子音が厳密に区別される表音文字の世界観だと思う(馬鹿は表意文字表語文字の区別がつかない)

『疲れた男のユートピアボネガット『モンキーハウスへようこそ』に似たようなモチーフの短篇があったような。あんまりボルヘスっぽくない気がする。

『贈賄』 ある意味ミステリーなのかー? 過剰に「公平」を意識するという心理を利用したトリックがおもしろすぎる。

『アベリーノ・アレドンド』 題名が人名であり、どうゆう話なのかサッパリわからん中で、自らの意思で世間から順次隔絶してゆくアベリーノの生活の不可解さに首を捻っていると、納得できすぎるオチ。『エンマ・ツンツ』に連なる気がする。

『円盤』 片方の面しかない円盤というがジェットがおもしろい。そんな円盤を所持しているから王様なのだという理屈には納得せざるを得ない。

『砂の本』 アンデルソンインベル『魔法の書』を読んでせいで、無限に物語が湧き出る本だと思い込んでいたけれど、無限にページが湧き出る本なのね。ドラえもんで言えば、バイバイン的なコズミックホラーなのか?
執着の次に恐怖を感じた語り手が、図書館に置き去りにしてしまうオチは、どうせなら『バベルの図書館』に置いておけばいいのにと思った。ウッカリ発見してしまった司書が大混乱。

『汚辱の世界史』 澁澤龍彦とゆうか永井路子的な歴史人物エッセイ。別の翻訳で『悪党列伝』というのがあったけど、そっちのほうが雰囲気あってる気がする。

『ばら色の街角の男』 無法者の話。語り手の老人がボルヘスに話しているという形式が珍しい。ボルヘスは無法者が好きすぎる。

『死後の神学者』 死後、慈悲を認めなかったメランヒトンに対する天国の対応も、天国に対するメランヒトンの対応も、どっちもちっちゃくて楽しい話。

『彫像の部屋』 禁を破った呪いが、目の前の彫像が動き出すのではなく、そっくりそのままの軍勢がいずれやって来るというのがかっこいい。

『夢を見た二人の男の物語』 夢見がちだったばかりに幸運に辿りついた男と、夢見ながら現実を取った男。チャンスを逃すなってゆうか、現実をとった男も別に損はしてないから、こうゆう話が好き。

『お預けをくった魔術師』 人を試す話って、逆に言えばどこまで疑うかじゃなくて、どこから信用するかじゃよねー。この場合、司祭長がひどすぎるが。

『インクの鏡』 処刑の幻像を見せることで、現実に息の根を止めてしまう倒錯ぶりがすごくいい。手段に因らず目的は達せられたのだ。

マホメットの代役』 イスラム教のことはサッパリわからんが、マホメットの不在を収めるために地獄からマホメットを呼び寄せて一言だけ言わせて地獄に追い返すのがひどい。

『寛大な敵』 決戦の前夜に敵から詩を送られてきたら、わりとウザイと思った。

『学問の厳密さについて』 エーコウンベルト・エーコの文体練習』で最悪なパロディをされていたけれど、Googleがアースからストリートにかけてやろうとしてるのって、この短篇と同じじゃないのかにゃーと思った。